ちょっとした冒険だった。幼児の初めてのお使いみたいなものだ...。
ひとりでやってきたのだという感慨を噛みしめた。中に入ってみるとその感慨は倍加された。色とりどりで売っているものも多種多様、売っていないものはここにはないのではと思うくらい様々なショップが軒を連ねていた。中央には吹き抜けの空間があってスヌーピーをモチーフにしたテーマパークがあり、その周りを何階もあるショップが取り巻いているという構造になっている。後から知ったのだが、ここを今やカリフォルニア州州知事のシュワルツネッガーが主演の「ジングル・オール・ザ・ウェイ」というコメディ映画の舞台になったりしているのだ。ちなみになぜスヌーピーのテーマパークがあるかというと原作者がミネアポリス出身だからなのだ。
「モール・オブ・アメリカ」というネーミングはアメリカだから通用するのであって、日本でなら「モール・オブ・ジャパン」か「モール・オブ・ニッポン」などとなるわけで恥ずかしくて成立しないよなあ、とどうでもいいことを思いながらボクはさまよい歩いた。
驚いたことは、大きさだけでなく他にもあった...。


「エキスキューズ・ミー(すみません)」
そう、どこかのご婦人から丁寧に云われてハッとなった(これぐらいの単語はわかる)。
時差ぼけ気味の頭でぼうっとモールをふらついていたのだが、いつの間にかいろいろと圧倒されて立ち止まっていたらしい。ご夫人の行く道を塞ぐ形になってしまっていたようで、ボクはいつもながら何も云えなかったが、恐縮してすぐさま横に避けて進路を空けた。
ぼうっとし続けていたのか、学習していなかったのか、何度か同じようなことをしてしまったが、やはり相手の応対は同じ。そこから注意を払って周りを見渡していくと、そこかしこでも同じ光景が繰り返されている。お互いがぶつかりそうになったら、互いに「エキスキューズ・ミー」と声を掛け合っているのだ。
これには驚かされた。日本(特に都内)では考えられなかった。ぶつかりそうになったとしても、何も云わないどころか、去り際ににらみを利かしたり、ぶつかったりするものならば一触即発になりかねないだろう。正直、どっちかというとズボラじゃねえかと思っていた米国人のイメージが180度変わった瞬間だった。それに、日本の日常生活において、忙しさにかまけてギスギスとそっけなく同様のことをしがちだった自分を恥じた。
ただただ圧倒されっぱなしで、何を買うわけでもない。どこかのレストランやファストフードショップに入る勇気もなく、歩くだけだった。
ただふらついているわけではなかった。目的はあった。
酒だ。お酒が飲みたかった。リカーショップを探し回っていたのだ。ビールを一缶だけでよかった。一軒ぐらいあったっていいものなのだがどこにもないのである。やはり飲酒の年齢規制が非常に厳しいからなのか。
結局、どこかでひとりで食事できる勇気がないので(チキンだ...)、おとなしくあきらめて小さなフードショップ(コンビニみたいな)で食材を購入することにした。で、レンジでチンできるようなあつらえ物と飲み物(ジュース)をレジに持っていく。そして、もちろんのことレジに表示されている金額を店員の兄ちゃんにボクは払う(金額は英語じゃないので読める)。すると、「サンキュー」といって彼は自分の後ろに並んでいた次の客の応対に戻ってしまったのだ。ボクはあれっと思った。ボクは待っていたのである。何を待っていたかというと購入した物を入れる紙袋なりビニール袋をくれるのをずっと待っていたのだ。そう。そこはそういった袋類をくれる店ではなかったのだ(そこで、50セントなり払って袋を買うのかもしれないが、やはり「くれ」とは云えなかった)。仕方なしにボクはこそこそと購入品を背負っていたデイバッグに詰め込んだ。
シャトルバス待ちから始まって、数々の異国の洗礼を受けたボクはもうフラフラだった。
「モール・オブ・アメリカ」の外に出ると、外はもうすっかり夕闇に包まれていた。日本人の触れ合いなどナッシングな刺激的な一日であったが、見えない何かに打ちのめされたボクはタクシーでホテル帰還した。いや生還したという表現が正しいかもしれない。
こうして怒涛の一日は終了した...。

次の日...。
異国の地でのイニシエーションを受けた前日のことを反省しつつ、行動に出ることにした。ここは一念発起だ。今日はホテルから離れているダウンタウンに行くことにした。
フロントに行くと、昨日のフロントマンはいなく、その代わりに女性が応対してくれた。その女性のまぶしさにボクはメロメロになった。まばゆいくらいの金髪をなびかせた受付嬢(フロントガールとでも云えばよいのか)に目を奪われてしまった。
彼女の青い瞳とブロンドの髪にドギマギしながら、ボクは彼女はホテルで働きながらハリウッドデビューを夢見ているのかもしれない、という勝手な想像を掻き立てていた(というより妄想だ)。そう思うくらいキュートな娘だった。僕は浮き足立ちながら、筆談を交えて「どうしたら、ダウンタウンの中心部に行けるか」をぶつけてみた。やっぱり悲しいかな、理解は得られなかった。
「アイム・ソーリー」
自分の英語力の乏しさに不甲斐なさを呪い、落胆したボクは彼女に謝っていた。
「ドント・ウォーリー。ノー・プロブレム」
すると、彼女はまた肩をすくませて、愛嬌のある微笑みをボクに向けこう云った(これぐらいの英語はボクにでもわかる)。その微笑がたとえ営業用だったとしても嬉しかった。
だが、それと相反して思いを伝えきれない歯がゆさに、ボクはさらに卑屈になってくる。それでも彼女は根気良くボクの話を訊いてくれ、しばらくしてやっと理解してくれた。彼女がアメリカの町に降り立った金色の天使に見えたのは云うまでもない。
彼女は今何をしているのだろう。もう十年近く経っているし結婚しているかな? 写真を撮ってこなかったのはすごく残念だ。
そうこうして交渉がうまくいったようでホテルのシャトルバスが町行きのバス乗り場まで送ってくれることになった。バス乗り場からは自力でバスに乗ってダウンタウンに行けということだった。シャトルバスがホテルの前に停まっていた。白塗りのシャトルバスの横には緑色でちゃんとホテルの名前が記されている。昨日空港で乗りそびれたのはこのバスであろう(クソー!)。陽気なオヤジの運転手がバス乗り場までボクを運んでくれた。バス乗り場の横には大きなショッピングセンターがあった。バス乗り場を見やると、何台かの公共バスが停車していた。
「あそこで待っていればダウンタウン行きが来るから」
とオヤジは云い残して(多分そう云われた気が...)、シャトルバスと共にリターンした。
「ダウンタウン」と行き先が書かれたバスダイヤを見てバス番号と時間を確認した。二十分ほど待たなくてはならないようだが、何もする気は起きずベンチに座ってバスが来るのを待つことにした。
小柄な老女がやってきて僕の向かい合わせのベンチに座った。皺が多いからそう見えたのか、気むずかしそうな顔をしている。白髪交じりの老女は足が少し不自由なようで金属の杖をついていた。皺の中に隠れた小さな目をしょぼつかせながら、ぶつぶつひとり言をつぶやいている。
また別の人間がやって来た。無精ひげを生やした身なりはキレイとはいえない二十代ぐらいの若者だった(もしかしたら十代かもしれない)。ドスンよよろけながら老女の隣に座った。片手には紙袋を持っている。紙袋の中身はウイスキーボトルが入っているようだ。その証拠にバーボンの香り(バーボン好きな自分にはわかる)と若者から漂うすえた臭いが混ざってボクの鼻腔を刺激した。
目をきょろきょろさせて、あたりを忙しなく見ている。落ち着きがなく、見るからに怪しい。よろめいて座ったところを見ると酔っているようだ。あまりこの人たちに関わらないほうが無難だな、と思ったボクは顔を下に向けてバスを待つことにした(そもそも話されても会話は成立しないのだが...)。
突然、大きな声が聴こえた。ボクはびくついて顔を上げた。声の主は老女で、先ほどより顔が険しくなった様子で若者に何かまくし立てている。今にも老女の杖が上がって若者に叩きつけられるくらいの勢いだった。
そんな老女に閉口しているようで、言葉どおり、若者は何もしゃべらず口を閉ざしている。何を云っているのかわからないが、若者に「若いのに仕事もしないで、昼間から何をやっている」などと説教をしているかもしれない。ボクが想像と合っているのかいないのか、若者は負けましたとばかりに何も云わず一目散に立ち去った。まだ老女はひとり言をつぶやいている。「近頃の若い者は」とでも云っているのかもしれない(やっぱりわからない...)。
バスに乗ってからも退屈しなかった。
始発で乗客は先ほどの気骨な老女とボクとのふたりきりだった。
ボクらの乗ったバスは住宅街を走る。ハリウッド映画のスクリーンから抜け出てきたようなごく普通の住宅街だ。お父さんがガレージの前で車を洗車している。小学生ぐらいの子供たちがゆっくり走るバスの脇を自転車で追い抜いていく。小さな子供がビニールのプールで水浴びをしている。普通の日常がそこにあった。以前に来たことのあるロスアンゼルスのような観光地ではこういった住宅は見ることはできなかった。だから、観光地然としていない、逆に何も変哲もない住宅街がとても新鮮に見えた。徹夜続きで、気持ちのやや荒んだ日本での生活とは違って、のんびりとした日常がボクの心を癒してくれるようだった。いつの間にかボク自身がアメリカ映画の1シーンに入り込んでしまっているのではと錯覚していた。
ふたり以外にも徐々に乗客が乗り込んでくる。気骨な老女とは対照的な初老で小太りの女性が、乗ってきた。そして、気骨な老女のちょうど後ろの席に座った。
ボクはふたりの様子の観察に入った。ふたりはなぜか何十年来の知り合いかのように親しげに話し始めた。そこで気骨な老女は自分のバッグから一枚の写真を取り出して小太りの女性に見せる。その写真は孫らしき五、六歳ぐらいの男の子が写っていた。気むずかしかった気骨な老女は相好を崩した。ほのぼのとした光景であった。
多くの乗客が乗り降りし街中にバスが差しかかったころ、今度はタンクトップを着た黒人が乗り込んできた。筋骨隆々の腕が印象的だった。この陽気なラッパー風の黒人はバスの乗客になぜかハイタッチしながら「ハッピーかい?」と訊いて回っている。周りの乗客も嫌な顔ひとつしないで「ハッピーだよ」答えているのだ(ここまで来ると英語には慣れてきた)。ファンキーな一コマであった。
些細なアメリカ人同士の会話を見訊きしただけだったが、そこで生活する人々の息吹というか、息遣いを肌身で感じ取ることができたような気がした。

ダウンタウンをさまよい歩いた末に、川幅の狭いミシシッピ川に掛かる橋を渡りながら...。
一度、海外で暮らしてみたい。他文化に触れ生活する人々の息吹をもっと感じてみたい。そんな欲求が芽生えていた。自分の心細い英語でも海外でやっていけるのではないかという変な自信がこのとき自分の中に潜在的に生まれたに違いない。
とにかく貝のように閉ざされていたボク世界は目の前で確実に広がったということだ。まあ、パンドラの箱を開けちまったというのが正解だ。
この1年半後程なくして...
海外で生活することをある意味で後押ししてくれた会社を辞めて渡豪するわけだが(恩を仇で返してしまったかもしれないが...)、英語も間々ならないこんな自分がいったいどうなることやら...。
果たしてオーストラリアでサバイブできるのだろうか...。
「Something New ~日本語教師アシスタント奮闘記~ その4」に続く。。。
(文・菅 雅壱)
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