
「ショーシュ!」
ユミさんの「静かに~!」という叫びに呼応して、教室の中の今までの狂騒が一瞬にしてエアポケットにはまり込んだように物音ひとつしなくなった。
ユミさんの叫び声が余韻となってより強調され耳に残る。
ボクは壇上に上がっている。廊下で身を削るほど痛かった生徒たちの視線が、また再度自分に降り注ぐ。威圧されてばかりではだめだと思えば思うほど萎縮してしまうようだ。
さっきだってメインスタッフルームで堂々とはいってないけど、そつなく自己紹介できたじゃないか...と自分に云い訊かせてみた。
口が渇いてくるがよくわかる。不謹慎だがビール一杯でも飲みたい気分だ。ほろ酔いぐらいが気持ち的にも楽だし...。

ちょいと話ははずれて、学校のことを説明すると...
ダーウィン・ハイスクールは前回述べたようにマンモス校だ。
オーストラリアの高校は、日本でいうと中学校と高等学校を通しで教育しているのが普通だ。州や地域にもよるがここノーザン・テリトリー州は、小学校は1年生から7年生までの7年間。高校は8年生から12年生の5年間子供たちが学んでいる。ダーウィン・ハイスクールは8年生から12年生まである州立の高校だ。ややこしいが日本でいう中学校2年生が高校8年生(Year8)となる。
(それぞれ下からYear8,Year9...というような通名となる)
それとダーウィン・ハイスクールは1コマ50分授業だ。
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・[8時10分~9時50分]
●1時間目
●2時間目
(50分授業が計2コマ)
・[9時50分~10時20分]
●リセス(休み時間)
※なんと30分も...
・[10時20分~12時]
●3時間目
●4時間目
(50分授業が計2コマ)
・[12時~12時50分]
●ランチタイム(昼休み)
・[12時50分~14時30分]
●5時間目
●6時間目
(50分授業が計2コマ)
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1,2時間目、3,4時間目、5,6時間目はセットになっていて、それぞれ1コマの授業のときもあれば、2コマぶっ続けのときもある。
後者のときは100分通しなので、子供たちの集中力が途切れがちになる。だから授業をうまく組み立てないと、子供たちの緊張の糸がプチーンと切れて、たちまち嵐のようなブーイングが巻き起こる。
午後2時半になると子供たちは蜘蛛の子を散らすように一斉に下校する。そのころになると子供たちはそわそわし始め、まだかまだかと開放される時間を持ち望んでいる様子が手に取るようにわかる。
それでも自分には短く感じる。9時5時のサラリーマンを経験したボクにとって下校時間になる午後2時半はあっという間だった。
そして、放課後の子供たちの掃除などはなく、放課後に専門業者が毎日掃除に来るのだ。いいよなあ。自分の学生時代と何かが違う。似て非なる!?
あ、そうそう。それにオーストラリアは1月が1学期の始まりなのだ。
日本語クラスの内訳は、Year8が2クラス、Year9が1クラス、Year10が1クラス、Year11が1クラスの計5クラスとなっている。日本語クラスは月曜日から金曜日のほとんどのコマが埋まっている。(フル30コマ中、25コマがユミさんの日本語の授業...)
ユミさんのコマ数は多いほうで、普通の先生はだいたい15コマ程度だ。日本語の人気は高く、本年はYear8が2クラスもあり、他に日本語教師がいるはずもなく、比重はユミさんにのしかかってくる。インドネシア語なんか、あんだけ先生がいるのにね。
彼女の負担は大きいのだ。教材の準備などに毎日費やされて猫の手も借りたいほどだ。

閑話休題...。
ボクは生徒たちが全て入った後、ユミさんに続いて一番最後に教室に入った。小中高で学んだ教室に似ていた。やっぱり教室は教室だ。高校時代の教室が郷愁を含んだ形で頭に浮かんだ。
日本の学校と違うところは、机は長方形の二人用で、イスはプラスチックの樹脂で出来たものだというくらいだ。椅子は日本の遊園地の食堂に置いてあるようなショボいあれだ。赤、青、緑、黄とカラフルな原色のイスで本当に遊園地のようだ。
子供たちがふざけて投げても大事に至らないようにプラスチック製にしているそうな。やっぱりね。
投げられて当たると痛そうだが、足が金属でできた日本の学校の椅子よりは遥かにマシだ。
てことは、暴力がはびこっているのだろうか。『先生虐待!』という扇情的な4文字がまた頭にちらついた...。
ユミさんの一声で静かになった教室の教壇にボクは身じろぎもせず立ちすくんでいた。
今度は先生らにではなく子供たちに自己紹介することになっている。先ほどのメインスタッフルームでの自己紹介より緊張していた。
その椅子に座った生徒たちの凝視する目がボクに集まっている。ボクは照れ隠しも兼ねて、生徒たちにコピー紙を配った。
自己紹介の文面を書いた紙のコピーだ。
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みなさん、はじめまして。
私の名前は○○○○です。
みなさんにお会いできてうれしいです。
日本の埼玉からやってきました。
私の趣味は映画を見ることです。
好きな映画は「素晴らしき哉、人生!」です。
これから楽しく日本語を学びましょう。
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内容はたわいもない感じで、上は日本語、下は英語で記述してある。日本語と英語を一行ずつ交互にしゃべるというシナリオだった。
今どきの子たちだ。古典の映画など知るわけがない。媚びを売って、当時のアニメ映画「シュレック」あたりを書いておけばよかった..。
教壇で紹介文を読みながら、何でここにいるのだろう...とまだボクは教壇に上がっている自分が信じられなかった。俯瞰している自分が上から見ているようにふわふわしている。
ぎこちないまま自己紹介を終え、ボクはホワイトボードに自分の名前を書いた。もちろん、大きくひらがなで...。
──ヘタレだ...。
まさに子供だましの自己紹介だと自己嫌悪に陥る。
Year8の生徒たちのほとんど子が日本語を勉強するのは初めてだったし、自分の英語力の無さはいかんともしがたいし...と、自分を慰めて帳消にした。

「サイタマってどこ?」
「その映画って何が好きなの? 恋愛モノ?」
「名前の意味は?」
「今、どこに住んでいるの?」
「彼女はいるの?」
「いつダーウィンに来たの?」
子供たちが口にする矢継ぎ早の質問が教室を飛び交っているようだ。
おっ、つかみはOKか...?!
──ニヤリ...。
ホワイトボードに向かっていたボクは陰でひとりほくそえんだ。
だが、いきなり騒がしくなった子供たちに圧倒された。質問を受けようと耳をすましてみたが、早口すぎて何を云っているのか皆目見当がつかない。実は「何?何!?」とユミさんに翻訳をしてもらってなんとか答える体たらくぶりだった。情けなし...。
ボクのことを彼らから何と呼ばせるようにしたかというと、「マサセンセイ(先生)」ということになった。
しかし「マサ」とファーストネームで呼ばれるのにはまだかなり抵抗があったのに、さらに「先生」と付けられると、顔を赤らめるくらい面はゆさは拭えない。
それから日がたつにつれ、「先生」が取れて「マサ」になってしまったのだ。こうなればお友だち感覚である。ユミさんは「マサセンセイと呼びなさい」とたびたび生徒らに口を酸っぱくして注意していた。というものの、そのうちボクとしてはどっちでもよくなってきた。「マサ」と云われるほうが気楽だしね。
オーストラリアの広大な大地がなせる業か...。
次の日を含めて別のYear8,Year9,Year10,Year11の生徒に自己紹介をした。慣れたもので最後のほうは緊張などせずに思い切りやれた。
初日の大立ち回りは午後2時半には終了した。
一日の事だが光陰矢のごとし...。あっ、とも云えないくらい時間が過ぎるのが早かった。
まあ、上々の出来だ。及第点はいただけたかな...。
「Something New ~日本語教師アシスタント奮闘記~ その11」に続く。。。
(文・菅 雅壱)
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